NEW 求人

伝統に新しい技術を重ね、

100年先に残るものをつくる

自然体で銅器と向き合う鋳物師

愛知県岡崎市|ムラセ銅器

メイン画像

親方のこと

名前: 村瀬 哲也

職人名: 鋳物師

地域: 愛知県岡崎市

工房名: ムラセ銅器

町のお気に入りスポット:
岡崎公園周辺

家業を継ぎ、受け継いだ銅器づくり

サブ画像1-1

ムラセ銅器を営む村瀬さんと職人さん達。納品間近の作品と共に。

ムラセ銅器の始まりは、村瀬さんの父が独立した昭和33年ごろ。祖父も同じ仕事に携わっていたが、戦争で銅などの原材料が手に入らなくなり、一度その仕事は途切れたという。その後、父が別の工房で技術を学び、再び銅器づくりを始めた。

そんな家に育った村瀬さんだが、幼いころから職人を志していたわけではない。

「父親から『継げ』と言われたこともないんです。小学生のころから、なんとなく自分がやるんだろうな、という感じでした」

美術大学では彫刻を専攻。当時は西洋文化が華やかに映った時代で、東京で面白そうな仕事をする同級生にも心をひかれた。それでも卒業後、自ら京都の仏像工房を探し、約3年間修業する道を選んだ。

岡崎へ戻って約3年。28歳ごろのことだった。仕事中に父が突然倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

「昔のことも、仕事のことも、今ならもっと聞いておけばよかったと思います。でも、パタンといなくなっちゃったので」

十分な引き継ぎもないまま、村瀬さんは工房と職人たちを背負うことになった。

一貫製作だからできるものづくり

サブ画像2-1

原型づくりから鋳造、仕上げ、着色、据え付けまで。多くの工程に携われるのがムラセ銅器の特徴だ。

岡崎の伝統工芸「三州灯籠」の技術を受け継ぐムラセ銅器。かつては同業の工房がいくつもあったが、現在は最後に残る一軒となった。伝統を守り続ける一方で、時代の変化に合わせて仕事の幅を広げてきた。

現在の仕事は、決められた製品を繰り返しつくるものではない。依頼は時に「あそこにある、あんな感じのものがほしい」といった曖昧な言葉から始まる。

「きちっとした図面を持ってみえるわけじゃないことも多いんです。だから、望んでいるものをどう形にするかを考えて、提案するところからですね」

図面を描き、原型をつくり、鋳型をつくる。銅を流し込み、研磨や組み立て、着色を経て、最後は現地への据え付けまで。分業する工房も多いなか、ムラセ銅器では一連の工程に携わる。

「全部知っているから、話をしている段階で、できることとできないことがなんとなく分かるんです」

伝統的なろう型だけにこだわるのではなく、用途によって製法を使い分け、3Dプリンターなどの新しい技術も取り入れている。手でなければできないことと、新しい技術だからできること。その両方を使いながら、まだ世の中にないものをつくっていく。

「ここで頼めば何でもできます、と言える。それが残ってこられた理由だと思います」

サブ画像2-2

100年先に残るものをつくる

サブ画像3-1
サブ画像3-2

全国の寺院や公共空間などに納められる銅器。完成後も長い年月、人々の暮らしや祈りのそばに残る。

ムラセ銅器が手がけるものは、寺院の仏具や仏像、銅像、灯籠、香炉などさまざまである。岡崎駅前の徳川家康像をはじめ、全国各地にその仕事が残っている。
ムラセ銅器が手がけるものは、寺院の仏具や仏像、銅像、灯籠、香炉などさまざまである。なかでも目を引くのが、東岡崎駅前に立つ徳川家康公像。台座を含めて高さ9.5mを誇る、日本最大級の徳川家康公の銅像である。身近なまちのシンボルから全国の寺院まで、ムラセ銅器の仕事はさまざまな場所に残っている。

取材時には、東日本大震災の慰霊のために建立される大仏の光背や、創建1200年を迎える寺院に納める香炉などの製作が進んでいた。

「僕らがつくっているものって、50年とかじゃなくて、100年、200年と残っていくものなんです。絶対に自分が死んでも残りますから」

だから、一度納めたら終わりではない。近くを通れば「あれ、まだ大丈夫かな」と見に行き、色が落ちていないか、メンテナンスが必要ではないかと気になるという。

完成したものを前に依頼主から「よかった」と直接声をかけてもらう。寺院なら法要に招かれ、何十人、何百人もの人が自分たちのつくったものに手を合わせる姿を見ることもある。

「あそこにお父さんのつくったものがあったよ、と家族に言われることもあります。そういうのは、やっぱりうれしいですよね」

つくった人の人生を越えて、その場所に残り続ける。それがこの仕事である。

若いうちから、一生ものの技を磨く

サブ画像4-1

一つの技術だけではなく、銅器づくりのさまざまな工程を経験する。時間をかけて、自分の手に技術を蓄えていく仕事だ。

ムラセ銅器の仕事は、ひとつの工程だけを覚えればいいわけではない。

普段はそれぞれが受け持った仕事に向かい、黙々と、コツコツ手を動かす。大きな鋳型を扱ったり、銅を流し込んだりするときには、全員で力を合わせる。

「うちでは、みんながいろんなことをやれるような仕事になっています」

原型づくりから鋳型、鋳造、仕上げ、着色、据え付けまで。身につけることが多いぶん、一人で仕事を動かせるようになるまでには時間がかかる。最初のうちは一つひとつ教わり、手本を見ながら覚えていく。ひと通り仕事が分かり、自分で動けるようになるのは2〜3年ほど経ってからだという。

だからこそ村瀬さんは、若いうちからこの世界に飛び込み、時間をかけて技術を身につけていく人に来てほしいと考えている。

「何も分からなくてもいいんです。若いうちから手に職をつけて、一生やっていける仕事にしたいという人でもいい。結局、ものづくりが好きかどうか。それが一番ですね」

造形やフィギュアづくりが好きだったり、3Dプリンターなどのデジタル技術に興味があったりする人にも活躍の場がある。現在の職人の一人は、仕事と並行して作家活動を続け、日展にも作品を出品している。

数年で覚えて終わる技術ではない。20代から一つずつ積み重ね、その先の何十年も自分の手で食べていける技術にする。そんな仕事を探している人にとって、ここには挑戦できる環境がある。

ものづくりと暮らす岡崎のまち

サブ画像5-1

村瀬さんおすすめの岡崎公園周辺。桜や花火など、季節ごとの風景や催しも楽しめる。

職人の仕事というと、朝から晩まで工房にこもる姿を想像するかもしれない。しかし村瀬さんは「それでは長く続かない」と話す。

仕事は8時から17時まで。取材時は受注が重なっているため1時間ほど残業しているものの、18時には仕事を終える。休日出勤もできるだけ避け、休むときはきちんと休む。

「22時までやって、また次の日の朝から、というのをずっと続けるのは無理ですから。休みは休んで、遊んでもらって、という形ですね」

工房周辺にはスーパーやコンビニなどがあり、一人暮らし向けの物件も見つけやすいという。岡崎について村瀬さんは「暮らすにはいいところじゃないですか」と笑う。海にも山にも出やすく、東京と大阪の間に位置するため遠方への移動もしやすい。

お気に入りは岡崎公園周辺。春の桜や花火大会をはじめ、季節ごとに催しが開かれている。

100年先まで残るものをつくる仕事も、毎日の暮らしがあってこそ続いていく。岡崎で暮らしながら、目の前の一つをコツコツつくる。そんな職人の時間がここにはある。

おまけの話

現在、村瀬さんと働く職人さん達は、偶然にも全員美大出身。とはいえ、美術経験者でなければできない仕事ではない。面白いのは、仕事以外の作品づくりにも工房の機械を使えること。職人として働きながら、自分の創作活動も続けられる。「せっかく設備があるんだから」と、それぞれのやりたいことを尊重するのも村瀬さんらしい。一方で、仕事の際は20〜30kgほどのものを何度も運ぶこともあり、実はかなり体を使う。繊細な手仕事も、汗をかく力仕事もある。職人をひとつの型にはめない村瀬さんのもとで、自分なりのものづくりを追求できる工房だと感じた。

取材・写真・文章/フクザワマキコ 写真提供/フクザワマキコ・ムラセ銅器

求人情報

工房名:株式会社ムラセ銅器

働き方:
フルタイム(正社員)

給与:
⽉給 220,000円〜

勤務地:
愛知県岡崎市羽根町小豆坂151番地

勤務時間:
8:00~17:00

仕事内容:
美術鋳造、銅像、寺院仏具、仏像、モニュメント製作と修復、文化財修復
設計から製作まで行います。

福利厚生:
社会保険(健康保険、厚生年金、雇用保険、労働保険)
交通費等支給

休日休暇:
週休2日制
GW、夏季休暇、年末年始休暇
有給休暇

求める人物像:
キャリア育成のため年齢制限あり(40歳以下)  
ものつくりが好きな方、コツコツと物事に取り組める方、未経験の方でも丁寧に指導します。

募集期間:
2026年10月20日 〜 2026年12月20日

採用人数:
1名予定

選考プロセス:
書類選考
面接
内定

・取得した個人情報は、採用選考にのみ使用します。
・選考プロセスは変更になる可能性があります。
・不採用理由についての問い合わせにはお答えできませんのでご了承ください。

その他:

HP:https://murasedouki.com/
Instagram:https://www.instagram.com/murasedouki/