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【若手職人の、いまの話。】

揺るぎない信念と軸を持ち

職人として実直に生きる

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岐阜県高山市。 峻険な北アルプスの山々に抱かれたこの町は、冬になれば深い雪に閉ざされ、春には一斉に芽吹く命の息吹に包まれる。古くから「飛騨の匠」の故郷として知られ、暮らしのいたるところに木の文化が息づく場所だ。
この町に、東京から移り住み、伝統工芸「飛騨木彫」の世界へ飛び込んだ一人の若き職人がいる。「小坂彫房」で研修を続ける、賀東(かとう)楓さん。修業を始めて2026年で3年目となる。
取材中、賀東さんは、時折はにかみながらも、自分の歩んできた道を一つひとつ、確かな言葉で選ぶように話してくれた。その語り口は、まるでノミで木を削り出すときのように、迷いがなく、それでいて繊細だ。「伝統工芸」という言葉からイメージされる華やかさや、あるいは根性論的な厳しさ。そのどちらとも少し違う、賀東さんの現在を追った。

迷いは、行ってみることでしか消せなかった

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インターン当日の様子

「集団で何かをやるよりも、一人で黙々と作業するのが得意でした」
賀東さんの原風景は、東京の下町・台東区にある。江戸切子や神輿の職人たちが、暮らしのすぐそばでガラスや木を削っている。そんな環境で育った彼女にとって、職人は憧れというより「いつかあんなふうに生きられたら」という地続きの未来だった。
美術大学に進学し、立体表現を学び始めた賀東さん。しかし、予期せぬコロナ禍が彼女の大学生活を一変させる。
「木彫をずっとやりたかったのですが、授業はほとんどオンライン。経験はゼロのままでした」
物を作りたいのに、画面を眺めるだけの日々。そんな時、キャリア支援センターの壁に貼られた「ニッポン手仕事図鑑」の文字が目に留まる。メルマガに登録して届いたのが、飛騨高山でのインターンシップ募集だった。
「高山がどこにあるかも知らなかったけれど、シンプルに『やりたい』と思ったんです。ダメ元でもいい。まずは行ってみよう、と」。
しかし、大学を中退して職人の道へ進むという決断は、周囲に大きな波紋を広げた。祖父母や親戚からは、「親に高い学費を払わせて美大まで行ったのに、何を考えているんだ」と厳しい言葉が飛んだ。賀東さんも、自分勝手である自覚はあった。申し訳なさで胸が痛む夜もあった。
それでも、彼女の芯は折れなかった。
「人に言われたからやめる、というのは違うと思ったんです。美大を卒業したからといって、誰もが表現を仕事にできるわけじゃない。それなら、チャンスがある『今』行くべきだ、と」
反対がゼロになるのを待つのではなく、進んだ先で「続けている姿」を見せること。それが、自分なりの責任の取り方だと彼女は悟っていた。

木を彫り、形を残す ―― 飛騨木彫 小坂彫房

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賀東さんが修行の場として身を置いているのは、高山市内に工房を構える「小坂彫房」だ。 飛騨木彫の伝統を継承しながらも、現代のライフスタイルに溶け込む木彫作品を数多く生み出している。工房の仕事は、決して「注文を待つ」だけではない。自分たちで商品を企画・製作し、店舗へ卸す。職人でありながら、プロデューサー的な視点も求められる現場だ。
職人の世界といえば、前時代的な理不尽や厳しい上下関係を想像しがちだ。賀東さんも「若い女性だし、厳しい扱いを受ける覚悟はしていた」と振り返る。 しかし、実際に小坂彫房の門を叩いて出会った親方・小坂礼之(あやゆき)さんは、合理的で、驚くほど面倒見の良い人だった。
「親方はすごく理論的。でも、言葉で覚えるより、親方が実際にやっているところを見て、その動きを体に叩き込むのが基本です。暴力などはもちろんありませんし、聞けば丁寧に教えてくれる。そこはすごく恵まれていると思います」
環境には恵まれた。しかし、技術という壁は、誰に対しても等しく、高くそそり立っていた。 飛騨木彫の修行は、木を触る前から始まる。最初に与えられたのは、刃物屋から届いた「刃の部分だけの金属の塊」だった。
「まずはその刃に、自分で木の柄をつけるところから始まります。自分の道具を自分で仕立てることが、技術の入口なんです。柄の形ひとつで、使い心地も仕上がりも変わってしまう。道具を作ることが、そのまま刃物の使い方を覚えるプログラムになっているんです」
経験ゼロからのスタート。自分の頭の中に「完成形」は見えていても、手がそれについてこない。
「彫刻刀を正確に動かして、狙った通りに『切る』。それだけのことが、どれほど難しいか。好きで楽しそうという気持ちだけでは、絶対にやっていけないという現実を、ひしひしと感じる毎日でした」
現在の賀東さんのスケジュールは、朝8時から夕方5時までが定時。その後、夜11時まで工房に残って、一人黙々と彫刻刀を動かす。
「できないことが、とにかく嫌なんです。モヤモヤするし、イライラする。でも、たっぷり寝て翌朝工房に行くと、昨日できなかったことが、ふっとできるようになっている瞬間がある。その『できるようになった』という納得感が、私にとって一番のリフレッシュなんです」
そんな賀東さんの隣には、最近、一人の「妹弟子」が入ってきた。京都の技術専門学校で4年間学んできた経験者だ。 「私が姉弟子という形ですが、実力は彼女の方が断然上。むしろ私が教わることが多いぐらいです(笑)。でも、外からどう見られるかより、現場で誰が何をできるかがすべて。それがこの世界ですから」

制度と仲間に支えられる、高山での職人ライフ

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インターン当日の様子

移住者の現実は、決してドラマチックなことばかりではない。「東京の温室育ち」と自嘲する賀東さんにとって、高山の生活は挑戦の連続だった。 「とにかく、どこへ行くにも車が必要です。車を持っていない私には、最初はどこへ行くにもしんどい町でした」
その生活を支えたのは、行政のサポートと、人の繋がりだった。 賀東さんが現在、修習に没頭できている背景には、高山市の伝統工芸支援制度がある。 「この研修を受けられているのは、補助金のおかげです。彫刻台や彫刻刀も貸与という形で用意していただけたので、自腹を切って道具を揃える負担がなく、最初から全力で木に向き合うことができました」
それでも、生活は“カツカツ”だ。欲しい彫刻刀は一本6,000円。年々値上がりする道具代を捻出するため、夏場には飛騨センターで電話番のアルバイトもした。 そんな彼女が「高山に来てよかった」と心から思うのは、仕事終わりのシェアハウスでの時間だ。
「飛騨の地場産業センターの方に紹介してもらったシェアハウスには、私と同じように『高山で木工をやりたくて志してきた』という同世代の仲間がいます。車を持っている人が買い物に行く時に車に乗せてくれたり、夜にリビングで悩みを語り合ったり。木彫だけでなく、家具作りを目指す仲間との交流は、私にとって大きな支えです」
さらに、工房の垣根を越えた繋がりもある。同じ年に弟子入りした他工房の若手たちと「弟子グループ」を作り、互いの工房を行き来しては技術を教え合う。 「自分の工房だけだと視野が狭くなるけれど、外の風を入れることで、新しい発見があるんです」
「やりたいことを、やる」というブレない信念と、行政の“制度”という盾、そして同じ志を持つ“仲間”という絆。この3つがあるからこそ、彼女は「職人で生きていく」という厳しい現実の中で、明日を見失わずにいられる。

自分の「やりたい」に、誠実であること

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「飛騨木彫の魅力は、繊細で、精巧で、スタイリッシュなところ。伝統的な重厚さを守りつつも、現代の暮らしに馴染む遊び心があるんです」
賀東さんの目に映る木彫の世界は、決して過去の遺物ではない。今を生きる人々を惹きつける、現代的なアートとしての可能性に満ちている。
収入面での不安、将来への戸惑い。それらがゼロになることはない。
「これから本当に食べていけるのかな、という不安は常にあります。でも、どうにかしていくしかない。具体的な計画があるわけではないけれど、自分の『底力』みたいなものを、どこかで信じているんです。どうにかしなきゃいけない時は、自分はきっとどうにかするだろう、って」
将来を「高望みしていない」と彼女は言う。大きな名声を得ることよりも、ただこの場所で、納得のいくものを作って生きていければいい。だからこそ、目の前のやるべきことをさぼらない。派手なキャッチコピーではなく、日々の手の動きで未来を彫り出す。それが、賀東楓という職人の誠実さだ。
最後に、かつての自分と同じように、職人の道を迷っている人へのメッセージを求めた。 賀東さんは、少し考えてから、力強くこう答えた。
「自分を大事にできる人が、向いていると思います。親への申し訳なさ、周囲の期待、世間の目。それらを優先して自分の『やりたい』を後回しにすると、いつかきっと苦しくなる。自分の気持ちに正直に、自分を一番大事にしてあげてください。その先に待っているのは、全力で取り組める最高に楽しい日々ですから」

「はじまりの地で、次の一歩を」

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木を彫り、形を残す。その手仕事が、飛騨高山の長い歴史と時間を繋いできた。
「職人インターンシップ」や「伝統工芸支援」は、そんな技を持つ職人のそばで学び、未来へと受け継いでいく人のための入り口である。
縁もゆかりもない土地で、技を磨きながら、自分の道を見つけていく。
「やりたいと思ったら、やるのが一番」
高山の清冽な空気の中、今日も賀東さんは次の一歩を刻んでいる。その一歩一歩が、飛騨木彫という伝統の年輪を、新しく、力強く更新していく。

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取材・文章/フクザワ マキコ 写真/本人・ニッポン手仕事図鑑 提供

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