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【若手職人の、いまの話。】

着物好きが染め織りの現場に

五感を研ぎ澄まし、没頭する毎日

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伝統工芸と出合った就活

山形県の米沢市、長井市、白鷹町で継承されている「置賜紬(おいたまつむぎ)」。
江戸時代中期、米沢藩主上杉鷹山が織物の研究と産地化を奨励したことから、歴史は始まった。
平織り先染めの素朴な風合いの織物だ。

米沢市の工房は草木染を受け継ぐ。
野々花染工房で働く横浜市出身のセナさんは、まもなく3年目。

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「学生時代は工芸との接点はなかったです。通っていた都内の大学は医療系の科目が多くて、
英語で受ける講義もありました。4年間で好きなことを見つけようと思っていました」
しかし、就職活動を始めてから、もやもやするようになった。
「企業名ばかりが話題になることに悩んだんです。働くって何をすることなんだろうって」。
一方で、職人の仕事は明確に思えた。

「祖母や母が着物好きで、幼い頃からよく着ていたのもあって、まず着物の職人が思い付きました。糸を染める、布を織る、仕事内容をそんなふうに言葉にできるのが魅力的だったんです。高校の帰りに制服姿で百貨店の催しに行くくらい、私も着物が好き。でも、機織りのイメージは『鶴の恩返し』。実際に作る工程は、なんとなくも想像できていませんでした」

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着物を作る工程全てやりたい

「着物業界は、後継者の問題もそうだし、先行きが見えないと感じていました。リアルにやばそうという危機感が強かったです。だからこそ、自分が業界の助けになること、できることがあるんじゃないかとも思いました」
セナさんは「ニッポン手仕事図鑑」から、着物関連に絞って「後継者インターンシップ」を探した。置賜紬が目に付いたのは、以前から訪問着やクラシックな色味が好みだったことも理由だった。

初めて足を踏み入れた工房は、衝撃の連続。染料などのさまざまな匂いが漂い、ガシャンガシャンという力織機や、ギシギシという手織り機の音が響いていた。
「ビリビリきて、なんじゃこりゃーって驚いて。カルチャーショックでした。脳みそのしわが一気に増えた感じ。行かないと分からなかったですね。一人一人の作業が見えて、これだ!全部やりたい!仕事が決まった!と思いました」

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その後、インターンシップで訪れた野々花染工房に就職が決まり、大学を卒業して米沢に移住。引っ越しの時は、両親が荷物と共に車で送ってくれた。
「段ボール箱で埋まっていく部屋を見ているうちに、移住は大丈夫かな、仕事が合わなかったらどうしよう、こんなに準備してもらってどう返せばいいんだろう、と不安がすごく大きくなったんです」
人目もはばからず号泣するセナさんに、両親は「駄目なら帰ってくればいい」と受け止めてくれた。こうした優しい応援があって、心のどこかにあった不安を乗り越えられたのかもしれない。

職人になって感じる自然や四季の豊かさ

朝8時半に鳴るけたたましいベルで1日が始まる。夕方は5時半までで、残業はない。
社長夫妻をはじめ職人7人が、染料を作って糸を染め、布を織る作業を一貫して行い、
帯や反物を制作している。

セナさんは就職してしばらくは、織り機に糸をかけず、横糸を通す手の動きだけを練習した。
次に任されたのは手織りの帯。自身でデザインし、
柄は図案の自由度が高い技法「すくい織」で表現する。

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「作業は全部楽しいです。アドレナリンが出て無我夢中でやって、1日があっという間。
下を向いて前かがみになって、刺繍のように糸を通す『すくい織』をしていくと、
体が強張って痛くなるんです。ぼろぼろになるけど、自分で柄を描いて1カ月かけて作ると、
ありえないくらい達成感がすごいんです」

最初に作った八寸名古屋帯には、濃淡を変えた藍染のライン、人などをモチーフにした図柄を施した。この帯は米沢織物求評会で3位に入った。
「入賞した後、商品として購入していただきました。求評会の賞もそうだけど、売れることも、自分の位置を確認できる機会です。日々の作業では気付けないものだから」
2年目に挑んだ求評会では2位に上がり、成長の手応えを感じている。

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染料の元となる植物を集める作業は季節ごとにある。春先は雪の重みで折れた桜の枝を公園などにもらいに行く。枝をチップにして特別な技法を用い、淡いピンク色に染める液を抽出する。秋になると山に入り、クマを警戒しながら栗のイガを拾う。イガは糸を灰色や茶色に染める。染料作りは複雑で、理科の実験のようだという。

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藍染の染料を作るために発酵させたタデアイに、夏は多くのハエが寄ってくる。
「腐敗したような臭いがして、顔にハエがたかられるのもきついなっては思うんですけど…。でも楽しいんです」。

セナさんは言いよどみながらも、満足げな表情を浮かべる。

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「藍の仕上がりを確認するには、phをチェックします。手でヌルヌルとした触感を確かめたり、舌を入れてピリピリした感触で測るんです。手でも分かるけど、舌が分かりやすいです。今まで自分が使っていなかった感性を使ってるって感じで、全部楽しくて、サバイブしてるって思うんです」

着物の価値を世界へ

「着物は芸術品で、きれいすぎて完璧。百貨店で見た高額な値札に当時は驚いたけれど、帯や反物を作る全ての工程を目の当たりにして、原価や労力、時間を考えれば、しみじみとその価値が分かってきました」

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セナさんは卒業論文で、着物を含めた伝統工芸の現状を研究し、PRや販売方法にも課題を感じた。現場に立ってアイデアが次々と湧いてくる一方で、移住から数年たつことへの焦りもある。

「地元に染まりきっていない第三者としての『神奈川の人の視点』がまだあるうちに、工房がきらびやかに見えた最初の感覚が残っているうちに、売り出し方を探りたい。自分なりの方法で、工房の業績を上げる助けになりたい、と考えています」

大学や留学の経験から英語を使いこなし、世界に発信できる術はある。メディアやアパレルに強い友人と一緒に、これまでにない作品を展開できる可能性も見えている。「好きが強すぎて、伝統が無くなっちゃうんじゃないかっていう危機感も強くて、動けない自分にもどかしくなります」。こうした熱量の高さ故に社長とぶつかる時がある。

社長は「まずは職人として一人前に、成熟してから考えよう」と繰り返す。セナさんは「社長は自分がやらなきゃと責任感を持って頑張っている人。気難しくて頑固だけど、変えちゃいけない伝統を守っているからだと思います」と受け止める。

一方で、金髪に鼻ピアスで現れた自分を育てようとする社長に、頑なさは感じない。「私を理解してくれていると思います。ひた向きに取り組むことで、信頼が生まれる。そしたら私の意見も聞いてもらえる、だから頑張らなきゃ、ってなってます」

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今は、手織りや染めの技術を受け継ごうと一途に取り組んでいる。
「置賜紬の江戸からの技術を守り、未来に残していかなければならないと強く思います。自分が職人になって何ができるのか、これからもっと行動力を持って考えていきたいです」
セナさんの意欲が尽きることはない。

取材・文章/江袋 和貴子 写真/本人・ニッポン手仕事図鑑 提供

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