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【若手職人の、いまの話。】

雨の日を楽しみにする一本を。

挑戦が切り開いた傘職人の道

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「傘づくりで1番好きなのは中縫いでミシンを使うときですね。中縫いのミシンは傘の完成に大きく影響を与える部分で、自分の成長がよくわかるんです」

そう話すのは、小宮商店で東京洋傘職人として働く、雨宮真紀さん。彼女が入社してから1年と数ヶ月が経過し、現在は1人の職人として東京洋傘づくりに携わっている。

日本製洋傘の特徴は日本製の織物を用いていること。
実は小宮商店の興りもこの事柄に由来する。というのも創業者の小宮寳將(こみや ほうしょう)は、山梨県の出身であり、400年以上の歴史をもつ山梨県の伝統織物 “甲州織”(こうしゅうおり)に関して独自にネットワークを有していたのだ。

そして創業後、現代に至るまで100年近くもの間、東京洋傘の製作を続けてきた小宮商店。2014年頃からは製造だけでなく、販売も手がけるようになった。
そんな世界へ、雨宮さんはまったくの未経験で飛び込んだ。彼女を挑戦へ駆り立てたもの、そして今抱えている想いについて取材した。

「やらずに後悔したくない」 40代で踏み出した一歩

小宮商店のインターン募集のお知らせをみつけたとき、雨宮さんは即決だった。

「応募の時点で40手前だったことから、年齢的な不安がありました。ただ手仕事には昔から興味がありましたし、やらずに後悔よりやってみて後悔した方がいいと思い、応募したんです」
正直、選考を通過するとは思っていなかった。ダメ元の応募だった。

新卒から20年ほど、キャリアの大半を接客業で積んできた雨宮さん。手仕事に興味を持ったのは過去に接客スタッフとして勤務していたイタリアのフレグランスメーカーでの経験が大きいという。
会社の取り組みの一環で見学した工房。そこでは職人が手仕事で香水を作り、ラベルを貼り、梱包していた。その手に、雨宮さんは温もりという価値を見た。そして手仕事に憧れた。

フレグランスメーカーを退職したあともその憧れは、雨宮さんの胸に灯り続けていた。そんなときに、見かけたのが小宮商店のインターンだった。

「小宮商店の傘は、昔から利用していました。折り畳み傘が苦手な私でもスッと畳める質の高さ、修理することで長く使えるありがたさ……。いつの間にか好きなブランドになっていました。インターンが即決だったのは小宮商店さんだったからという理由もあります」

職人への道 決め手となったのはインターンでの学び

当時通っていた職業訓練学校を休み、参加したインターン。はじめて見た傘作りは今でも目に焼きついているという。
職人が型を置く、生地を断つ、ミシンで縫い付ける……。まるで川の流れのようななめらかさで進んでいく作業は、感動すら覚えてしまうほどだった。

一方で職人からは仕事の難しさも伝えられた。東京洋傘は売り物であり、職人はその製造工程を担う存在。だからこそ質を担保しつつ、数をこなす必要がある。

インターンではミシンで生地を縫うことすらままならなかった。

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私に、できるだろうか。
不安がよぎった。

でも、工房で生地から傘を作った体験はとにかく楽しかった。職人はうまく作業ができない自分たちインターン生からの質問に優しく答えてくれた。小宮商店も好きだった。そして何より、手仕事への憧れがあった。
インターンの2日間で作り上げた傘は、そんな想いが結晶となったようだった。作業工程や出来栄えは褒められたものではないけれど、つらさは露ほどにもなかった。
楽しかったのだから心配はない。
ご縁があったら働こう。

職人になる決意をした瞬間だった。

雨の日を楽しくする一本を 理想を目指す日々

入社してからは傘作りの工程を一つずつ担当し、その際には職人が付き添ってくれた。まるでインターンの延長のように基礎を積み重ねていった。

転機となったのは入社して3ヶ月が経った頃。先生として指導してくれていた職人がプライベートの都合で工房から去ることになり、独り立ちすることとなったのだ。

全ての工程を担当するようになって作業の難易度は格段に上がった。特に傘の型作りは思うようにいかないことが多かったと雨宮さんは振り返る。

「傘作りは一度最後の工程までいかないと、どこが悪かったか、どこを調整しないといけないかがしっかりとわからないんです。だから修正に多くの時間がかかってしまって……。
最初のうちはどうにか作業の時間を捻出して傘の修正をしていました」

だからといって傘作りを嫌いにならないのが雨宮さんのすごいところだ。遠くで活動する先輩や検品部の方、ときには新人への指導を通して自身の傘作りを見直していった。

その原動力となっているのはやはり手仕事への憧れ、そしてその先にいるお客様への想いだった。

「傘を作る際には『どんな方がこの傘を使ってくれるかな』と想像をするんです」

日々向き合っている傘づくり、その手の先にいるのはお客様なのだ。だからこそ下手な品は提供できない。
この事実が、雨宮さんの気を引き締めている。

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「私が形にしたいのは、雨の日が憂鬱ではなくなり、雨の日が楽しくなるような傘です。使いやすく、管理しやすく、そして何より美しい。そんな傘を差すことができるのであれば、雨の日は楽しくなると思うんです」

まだまだ自身の理想を叶えるような傘作りには到達していない。先輩にアドバイスをもらいながら、4ヶ月、同じ傘の型を調整し続けることもあるという。
だが、それすらも楽しい。

手仕事に携われる嬉しさが、そしてお客様とのつながりが、雨宮さんを突き動かしているからだ。

夢を叶え職人となった。だからこそ磨いていきたい傘作りの技

「職人だからこそ、質は当然、数も作れないといけないんです」

雨宮さんは自分に言い聞かせるように話してくれた。小宮商店には日々お客様が訪れる。そのとき、傘が並んでいないということは絶対に避けなければならない。

そのためには作業の流れをブラッシュアップしていくことが大切だと雨宮さんは話す。

「型出しに時間がかかってしまうので、まずはその時間を短縮したいなと思っています」

ベテラン職人さんの作業に少しでも追いつけるように、技術を磨いていきたい。それが雨宮さんの次の目標だ。
雨宮さんは今年から、一人前の職人として後進を育てる立場にもなった。少し前にはインターンから新卒の職人が誕生したばかりだ。

「私は職人として新しい方へ技術を伝えていくのですが、そのことも自身の振り返りにつながって学びになるんですよね」

新人の方はろくろ巻きが綺麗なため、雨宮さんがコツを聞くということもあるという。
この言葉にもまた雨宮さんの前向きな姿勢が光っていた。

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雨宮さんは、職人となった今インターンに挑戦した当時をこう振り返る。

「当時40歳手前という、一般的には新たな職に就くには難しい年齢でした。でも挑戦したからこそ、手仕事の楽しさを知り、難しさを知り、そして職人となることができたんです。職人になってからも大変なことはもちろんありますが、それ以上にものづくりの喜び、充実感を強く感じていて、やりたいことをやれているという気持ちが何より嬉しいんです」

理想とする傘への道は遠く、険しい。
けれど周囲にはそれを手助けしてくれる仲間がいる。そして手仕事への想いは強まっていく。
だからこそ今日も雨宮さんはひたむきに、傘と向き合っていく。

取材・文章/高橋 昂希 写真/本人・ニッポン手仕事図鑑 提供

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